数年前に父が亡くなりました。
父は内装業を営んでおりましたが、長男が後を継ぎました。
もともと長男は父と同居しており、父が亡くなった後も、その家で、父の内装業を引き続き行うということになったのです。
父が亡くなった際、父の遺産や相続がどうのこうのとかの話は兄弟姉妹(長男、長女(私)、次女)3人の中では話にもなりませんでした。
ただ、自宅の名義を長男に移す時に、司法書士という人から、
「登記移転のための簡単な書類を作成しましたので、サインをお願いします。」
と言われて、その時に、
「遺産分割協議書」
にサインはしました。
ですが、内容は、自宅を長男に移すというだけのもので、私(長女)も、次女も、何も取得しない、という内容になっていました。
それなのに、先日、某債権回収株式会社というところから、父には2000万円の借金があって、その債権の譲渡を受けたから、そのお支払いについて話し合いをしたいとの書面が突然、送りつけられてきました。
私は、びっくりして、長男に連絡したのですが、長男は一切電話に出ようとせず、長男の嫁に連絡しても、
「外出中。」
「地方に出張。」
「病院に検査入院。」
と、どう考えても居留守を使われているような感じで、しかも、用件を言おうとすると、
「私は、全く分からないので、私に言われても困ります。」
と、伝言さえ拒むので、あまりに頭にきて、先日、長男に
「早くなんとかしろ」
「一切迷惑かけるな」
という、かなり、厳しめの手紙を送ったのですが、全く、音沙汰なしです。
私は新潟にいて、長男は仙台、次女は東京ということで、簡単に訪れることもできないのです。
ですが、さすがに、このままではまずいと思うので、次女と一緒に仙台に行こうと思っております。
仙台に行ったとしても、その際に、長男と話ができるかどうか分からないのですが、何か、念書のようなものを書かせればよいでしょうか?
何で相続放棄をした私たちに、こんなことが起きるのか理解できません。
【ご回答】~弁護士〔新潟市(新潟県)〕からのご説明~
相続放棄がされていない
長男から念書をとるのはあまり意味がないと思います。
いずれにせよ、対策としては、あなたと次女の方が「相続放棄」をすることだと思います。
あなたは「相続放棄」したと思っているかもしれませんが、現実問題として、あなたも次女の方も「相続放棄」をしていないのです。
「相続放棄」というのは、裁判所に対して、その放棄の意思表示をするものであって、相続人間の遺産分割の中で意思表示するものではないのです。
たしかに、あなたも次女の方も、相続放棄をする、つまり、何も遺産をもらわない、ということを遺産分割協議の中で言っていると思います。
相続債権者は遺産分割に縛られない
ですが、借金(負債・債務)に関して言うと、遺産分割協議の中でどのように定めようが、債権者はそれに縛られずに、法定相続分に従って、
【各相続人に対して】
借金(負債・債務) の返済を請求できるのです。
ただし、請求できるのは「相続人に対して」のみです。
相続放棄をして、相続資格を失った人には請求できません。
相続放棄をした人は、もはや「相続人」ではないからです。
だから、早々に相続放棄を正しく行う必要があるのです。
相続放棄できない場合
ただし、今回のあなた方のケースにおいて、2つ問題があります。
相続財産の処分
1つは、
「相続人が相続財産の全部、または一部を処分したとき」
は、もはや、相続したものとみなされ、以後は相続放棄ができなくなります。
ところが、あなたも次女の方も、遺産分割協議により、自宅不動産の長男への名義変更という「相続財産の処分」を行っております。
「そんな!」
「こっちは、頼まれて長男のためにやってあげたのにそれをとらえて借金を負わせるなんてひどい!」
「それなら、とっとと自宅を売却処分して、代金を兄弟姉妹で分けてしまえばよかった!」
とお怒りになるのもごもっともです。
恩を仇で返す、という表現が妥当するかどうかはともかく、釈然としませんよね。
ただ、原則としては、遺産分割協議をするということは、
「相続財産の処分」
にあたるのです。
ですが、本件の場合は、あなたも次女の方も、自分たちが相続するなどということは全く考えも及ばず、ただ、名義変更の便宜上、遺産分割協議書にサインしたのですよね?
その司法書士からも何のリスクも説明されなかったのでしょうか?
もし、説明を受けていたのなら、そんな遺産分割協議書にはサインしなかったでしょうから、まあ、その司法書士もどうかと思いますが。
つまり、今回の遺産分割協議にサインしたことをもって、
『単純承認』(相続することを承諾)した
とは言えないと思われます。
とすると、結局、遺産分割協議したことによっては相続放棄は妨げられない、ということになります。
相続放棄期限
ですが、さらに、もう一つ問題があります。
それは、原則として、相続放棄は、自分が相続人になったことを知った時から3か月以内に放棄しないといけないのです。
自分が相続人になったことは、当然、遺産分割をしているぐらいですから、お父様が亡くなった時点から知っていましたよね?
ということで、原則論ですと、もはや相続放棄をすることができないのです。
ただ、それはあまりに不合理であり、判例の中にも、
”自らは被相続人の積極及び消極の財産を全く承継することがないと信じ、かつ、このように信じたことについては相当な理由があった”
ような場合には、
”未だ自己のために相続があったことを知ったものとはいえない”
とされているものがあります。
この考え方が本件の場合にも適用されるとすれば、
あなたや次女の方が、相続財産が存在することを知って遺産分割をしていたとしても、被相続人の死亡から3か月の熟慮期間が経過したからと言って、相続放棄をすることは絶対できない、ということにはなりません。
ただし、この手の話は過去の裁判例等に照らして、きちんと裁判所に説明でき、かつ、後日、債権者から訴訟を起こされても、それに耐えられるだけのしっかりとした理屈・理論が必要ですので、十分に(しかし、迅速に)対策を検討する必要があります。
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